新年早々、横浜市内の某大学付属病院で患者取り替え事件があって、心臓の悪 い患者が肺を切除され、肺がんの患者が心臓を切られるという事件があった。
とんでもない話である。
これについては、病院から、記者会見はあったが、それらしい陳謝はなかった ように思う。

昨夜のNHK「クローズアップ現代」でもこれを取り上げていたが、病院側の 対策としては、「注意する」「今後二度とこういうことが起こらぬよう対策を練 る」「一人の看護婦が同時に二人の患者を担当しないようにする」「工程引き継 ぎのところで、より間違いを防ぐように声を掛け合う」などと、数項目あげられ ていたが、非常にもの足りない感があった。

そういうのでは駄目だろう。肝心な、そしてほとんど唯一の解決策が考えられ ていない。それは、「一人の看護婦が、一人の患者をその日一日担当する」とい うものである。

これと似たような策は、私が昭和30年代にいた三菱長崎造船所では、「主務」 という名称で採用されていた。
「主務」とは、古手の優秀な課長で、一隻のタンカーを、設計から船殻、進水、 ぎ装、引き渡しまで、一貫して、オールラウンドに担当する。

一人の人間が、最初から最後まで、責任をもって担当することを、組織論では、 「プロジェクトリーダー」あるいは「プロジェクトマネージャー」と呼ぶ。
ソニーの井深さんも、この「PL」のような発想法が好きだった。現に、ソニー ではそういう担当制をよくやっていた。今も盛んにやっているはずだ。

設計・製造技術・製造・販売・アフターサービスを職能別にブツブツと切るこ とを、職能別組織(functionalorganization)という。また、横割り組織ともいう。
戦後、ドラッカーが、事業部制を「現代の経営」その他で取り上げてから、日 本でも事業部制が大流行した。
事業部制とは、製品別あるいは市場別組織のことで、製品別・カテゴリー別に、 設計から製造技術、製造、販売、サービスまでを一貫して一人の課長、部長がも つ。徹底すると人事、経理まで持たせてしまう。

○○屋、△△屋という職能別の職種別組織を職能別組織、横割り組織というが、 これだと、先の病院のように、一貫した責任体制がとれず、途中で、引き渡しの たびに、食い違い、取りこぼしが発生する。
こういう組織は自分中心主義であり、相手(お客様)のことを考えていない。 相手の事を考えると、「相手中心主義」となる。(customer-centered organization)

病院の場合は、お客様は患者であるから、一人の患者ごとに、少なくとも一人 の看護婦が付いていれば、途中で今回のように取り違え事件が起こることはなか ったはずだ。

縦割り組織と横割り組織には一長一短があり、ソニーでも、どこの会社でも、 縦にしたり、横にしたり、両者の間をしょっちゅう揺れ動いているものである。
しかし、基本的に、横割り組織、職能別組織は、官僚主義であり、平時主義で あり、専門屋を集めるのは古いタイプの組織である。

日本の大学の病院などは、医学の専門家ばかり集めているので、他の専門家、 たとえば、組織論・心理学者・社会学者・経済学者・会計学者・経営学者などの 社会科学者や、人文科学者などは入れていない。
だから、他の専門家から見ると何でもない易しいことが、解決されずに、 効率主義だけ、能率主義だけに陥っているのだ。

その点、アメリカのRandCorporationに見るような、一つの問題を四人の違っ た学問屋を集めて考えるという「学際的アプローチ」は、非常に優れた考え方で ある。
月ロケットやスペースシャトルなどに、向井千秋をはじめ、医学や各方面 の科学者その他が同乗するというのは、重要なことだ。

問題は「成功する」ということであり、自分たちが楽しいかどうかだけではない。

(KK西研究所・所長 西 順一郎)